姫路紹介<参> 日本で唯一天守に神社がある姫路城 祀られているのは神さまか物の怪か!?

姫路城 夜景

姫路城には日本で唯一、天守閣に神社があります。「刑部神社」と呼ばれていますが、祀られている神様については諸説あり、よくわかっていません。
姫路城には刑部姫(おさかべひめ)という女の妖怪が天守に隠れ住んでおり、年に一度だけ城主に会い、白の運命を告げていたといわれる伝説があります。この刑部姫と刑部明神が同一人物かどうかも定かでないのです。
刑部姫については、古狐説、老婆の妖怪、天皇家のご落胤の霊など様々にいわれています。

かの剣豪・宮本武蔵は若いころ姫路城に奉公していました。ある日、天守に住む妖怪退治を命じられ無事にその大任を果たすと、刑部姫明神が姫の姿で現れ、妖怪退治のお礼として銘刀「郷義弘」を授けたという逸話も残っています。姫の姿で現れた刑部明神。果たして刑部姫と同一の存在なのでしょうか?

刀

姫路城が建つ姫山は、城が出来る前は土地神さまである「刑部明神」を奉る神社がありました。しかし、姫路城の築城にあたりこの社を町はずれに移してしまいます。

姫路城築城から月日がながれ、関ヶ原の戦い後に新城主となった池田輝政のころ怪異が頻発します。1608年に新天守閣が完成しますが、翌年には「はりまの主」と名乗る天狗から怪文書が輝政の元に届きます。手紙の内容は輝政が呪われているというものでした。これを聞いた民衆は口々に土地を追われた刑部神社の祟りだといいました。そこで輝政は刑部神社を城内のお迎えしました。しかし1611年、輝政がついに病床に臥します。そこで今度は怪文書に書いてあった通り、祈祷を行い、刑部神社を天守に移しました。すると輝政の病状はみるみる回復したのです。
しかしその翌年、輝政死去。子供たちも次々に若死にします。「刑部明神のたたりだ」と人々は噂し、池田氏はとうとう苦労して建てた姫路城から出ていきました。

池田氏から始まり、本多氏、松平氏、榊原氏、酒井氏と、姫路城は長い歴史の中で徳川譜代の大名たちで治められます。

姫路城 1

刑部姫の逸話にはこんなものもあります。

姫路城では城主が代替わりすると、新城主の前に刑部姫が現れて、
「この城は誰のものか」
と尋ねてきます。
「貴女のものです」
と答えれば、姫は満足し、その後城主は安寧に過ごせますが、
「オレのものだ」
と答えたら、その城主には祟りがおこるというのです。

歴代の城主たちはの目の前に本当に刑部姫が現れたかはともかく、こんな逸話が残るほど、刑部姫は姫路城が好きだったのですね。

次回は姫路市民から、寸翁(すんおう)さんとして親しまれている、酒井氏の敏腕家老・河合道臣(後に河合寸翁)について書きたいと思います。

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