姫路紹介<弐拾>お茶が飲みたい!! 豊臣秀吉命名の寺

豊臣秀吉 toyotomihideyoshi

豊臣秀吉は、お茶好きだったのでしょうか?お茶にまつわるエピソードで、お寺の名前を変えてしまったことがあるんです。
秀吉にまつわる「お茶」エピソードで、小説やドラマで必ず描かれるのは石田三成との出会いの「三献の茶」です。「三献の茶」の様に全国的な知名度はありませんが、地元の姫路では随分有名なお話しです。

「佛日山法輪寺」というお寺が姫路にあります。このお寺の名前を聞いた姫路の人は、首をひねるってそんなお寺あったっけ?と考えますが、通称を聞くと「あぁ、あのお寺」となります。このお寺が秀吉が命名したお寺です。

名前の由来は天下統一を果たす以前、豊臣秀吉が織田信長の家臣だったころに遡ります。西の強敵・毛利氏との戦の折、道中にあった法輪寺に秀吉一行が立ち寄ることになりました。
法輪寺の者たちは茶釜一杯にお茶を作り、秀吉一行をもてなそうとの到着を待ちました。
そこに雑兵数名だけ連れた、軽装の男がやってきてお茶が欲しいといいます。住職は男に白湯を出します。男はそこの茶釜に入っている茶が飲みたいといいます。
秀吉一行をもてなそうとしていた住職たちは、「これは秀吉公に出すお茶です。あげられません」と断ります。すると男は大笑いし「我は秀吉である」といい今後は寺の名前を『湯沢山茶くれん寺』とするように、と言って朱印状を与えました。

住職たちの秀吉に対する思いを汲み、少し皮肉を込めた名前は、今でも愛される名前として残っています。

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